「努力不足」だとしっかり自覚する、本田圭佑に学ぶ
こんにちは
突然ですが皆さん、
「ああ俺、私がんばってないなあ、、、このままじゃあかんなあ、、、」
と感じることってないでしょうか?
僕はあります(笑)というかいまちょうど思っています。
達成したい目標というかできればそうなりたい未来(例えば良い就職、他大学院進学)等は誰にでもあるのではないかと思います。
でも頑張れない、頑張っていない。
そもそもそれができるかどうか自信がない、それを絶対達成してやるという覚悟を決めることができずに日々を怠惰に過ごしてしまうことってないでしょうか?
そういうときに自分ってホントとことんいやになります。
ダサい、かっこ悪い、しょうもない、優柔不断、現実逃避、、、
ほんと精神衛生上よろしくないです。
そんなあなた(僕も含めて自戒を込めて)の背中をちょっとでも押したいと思い考えたことを書きます。
ここで想像してみてください。
「その成し遂げたい目標はほんとに才能がないとできないのだろうか?」
「サッカーの本田圭佑が仮にその目標を達成するための才能を何ら持ち合わせていないとして、その目標は本田圭佑にとって不可能な目標だろうか?」と。
多分多くの人にとってその答えは「否」だと思います。
大抵のことってよっぽど難しいもんじゃなけりゃ本田圭佑のようにストイックにやり抜けば、できるのではないかと思います。
そして多くの人の目標ってそういう頑張れば届くもんだと思うのです。
僕の目標だってあなたの目標だって。
すべての才能が本田圭佑と同じだと仮定しているので、
ある目標に対して本田圭佑が達成できそうなのにあなたが達成できなさそうであるとするならば、それを明確に分ける違いは何なのかというと
ただひたすらに「努力不足」ではないかと
自分は頑張ってもその目標を達成できそうにないというならば
「じゃあ自分と同じ才能だとして本田圭佑なら達成できるだろうか」
と考えると
「いや、ケイスケ・ホンダならやれるやろう。
じゃあ俺(私)ができなかった、できないと感じるのは単純に努力不足だ、まだまだやと素直におもえるのではないかと思います。」
何というか本田圭佑は自分の中のリトル本田に聞くけど私たちは自分の中の本田圭佑に聞くって感じかな笑
リトル本田でも本田圭佑でもケイスケ・ホンダでもいいんだろうけど笑
ちょっとごちゃごちゃしちゃいましたが、要するに
「自分の中の本田圭佑(ケイスケ・ホンダ、リトル本田)に聞いたら才能や環境などの外部の問題を言い訳にせずに純粋に内部的要因(努力不足など)を素直に認めることができてより成長していけるのではないか」と思います。
不安になったり、自暴自棄になったり、自信がなかったり、ぐだぐだしちゃってるなって時は自分の中の本田圭佑に喝を入れてもらいましょう!!!
ではまた!